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福岡地方裁判所 昭和34年(ヨ)275号 判決 1960年9月21日

申請人 倉田茂樹 外五名

被申請人 安永鉱業株式会社

主文

一、申請人倉田茂樹、同鎌田潔、同柳沢忠義、同菊地辰雄、同浦辺藤助、同永岡久則が被申請人に対し雇傭契約上の権利を有する地位を仮に定める。

二、被申請人は昭和三五年九月三日以降毎月

申請人倉田茂樹に対し金一四、八〇八円

同鎌田潔に対し金一一、二八六円

同柳沢忠義に対し金九、九三四円

同菊地辰雄に対し金一八、〇〇八円

同浦辺藤助に対し金一六、七三八円

同永岡久則に対し金一七、八二七円

をそれぞれ毎月一五日限り支払え。

三、申請人等のその余の申請は、これを却下する。

四、訴訟費用は、被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

第一、当事者双方の求める裁判

一、申請人等訴訟代理人は、

「(一)被申請人が、申請人倉田茂樹、同鎌田潔、同柳沢忠義、同菊地辰雄、同浦辺藤助に対して、昭和三二年七月三一日附でなした解雇の意思表示、および申請人永岡久則に対して、昭和三二年八月四日附でなした解雇の意思表示は、いずれもその効力を停止する。

(二) 被申請人は、申請人倉田茂樹に対し三四一、〇七七円および昭和三四年八月一日より毎月一五日までに一四、八〇八円を、同鎌田潔に対し二五九、九五四円および同年八月一日より毎月一五日までに一一、二八六円を、同柳沢忠義に対し二二八、八一三円および同年八月一日より毎月一五日までに九、九三四円を、同菊池辰雄に対し四一四、七八四円および同年八月一日より毎月一五日までに一八、〇〇八円を、同浦辺藤助に対し三八五、五三一円および同年八月一日より毎月一五日までに一六、七三八円を、同永岡久則に対し四一〇、六一六円および同年八月一日より毎月一五日までに一七、八二七円を、それぞれ支払え。

(三) 申請費用は、全部被申請人の負担とする。」

との判決を求めた。

二、被申請人訴訟代理人は、「申請人等の申請をいずれも却下する。申請費用は、申請人等の負担とする。」との判決を求めた。

第二、申請の理由

一、申請人等は、石炭の採掘販売を営業目的とする被申請人に雇用され、福岡県鞍手郡鞍手町字中山所在の京之上炭鉱において、鉱員として勤務していたものである。

二、しかして、申請人倉田を除く申請人等は、被申請人から毎月一五日を支給日として、賃金の支払を受けており、その税込み平均賃金(昭和三二年一月一日より同年三月三一日まで三ケ月間の平均賃金)は、別表I該当部分記載のとおりであつた。

申請人倉田茂樹は、昭和三一年四月以降解雇通告のなされるまで、被申請人から賃金の支払を受けていなかつたが、これは、被申請人と京之上炭鉱労働組合との間で昭和二八年一〇月一六日に締結された労働協約第一六条所定(乙(組合)の役員が、組合業務で欠勤又は出張する場合は、甲(被申請人)に届出るものとし、甲は、賃金は支払わないが出勤として取扱う)の組合業務のための欠勤届を被申請人に提出して、組合業務に従事していたからである。

なお、右労働協約が失効した昭和三一年一〇月一五日以降は、有効時の同協約第一六条の規定によると同様の取扱いがなされていた。

しかして、同申請人は、昭和三二年八月一日より出勤する予定であり、同申請人が、昭和三一年一月一日より同年三月三一日までの三ケ月間に被申請人より支払を受けていた税込み平均賃金は、別表Iの該当部分記載のとおりであつた。

三、ところが被申請人は、申請人永岡を除く申請人等を昭和三二年七月三一日附で、被申請人永岡を同年八月四日附で、それぞれ解雇したと称して、申請人等を従業員として取扱わず、賃金の支払を同年七月三一日以降拒絶している。

四、申請人等は、いずれも賃金を唯一の生活の資とする労働者であるから、被申請人に対する本案判決確定まで賃金の支払を受けなければ、いちぢるしい損害を蒙るので、被申請人に対し本申請当時(昭和三四年六月三〇日)弁済期の到来した別表IIの賃金と、昭和三四年八月一日より毎月一五日までに別表Iの平均賃金相当額を支払うべきこと、ならびに前記解雇の効力を停止する旨を命ずる仮処分を求めるため、本申請に及んだ。

第三、被申請人の答弁および抗弁

一、申請の理由第一項の主張事実はこれを認め、同第二項の主張事実のうち、申請人倉田、同永岡の平均賃金額が、申請人主張の額であること、申請人倉田が、労働協約第一六条所定の欠勤届を提出していたこと、同条による取扱のなされていたこと、同申請人が昭和三二年八月一日より出勤する予定であつたことは、いずれも否認し、その余の主張事実は、認める。

同第三項の主張事実は、認める。但し、被申請人は、申請人永岡に対しては、昭和三二年八月四日まで、賃金の支払をなしているものである。

同第四項の主張事実は、否認する。

二、被申請人は、昭和三二年七月三一日附で、申請人永岡を除く申請人等に対し、同年八月四日附で、申請人永岡に対し、それぞれ鉱員就業規則第八七条第一七号(刑罰に処せられるような犯罪を犯したこと。)所定の懲戒解雇事由に該当する次の事実があることを理由として、懲戒解雇の意思表示をした。

(一)  申請人倉田茂樹、同鎌田潔、同菊池辰雄、同浦辺藤助は、昭和三二年四月一三日午後八時頃、他の多数京之上炭鉱労働組合員と共に、京之上炭鉱鉱員社宅敷地内において、当時安永鉱業労働組合書記長森真一に対し暴行を加え、傷害を与えたるかどにより七月二二日附をもつて、起訴された。

(二)  申請人永岡久則は、右(一)の事実をなしたことにより、七月二二日附をもつて、起訴猶予処分に附された。

(三)  申請人柳沢忠義は、昭和三二年七月一四日午後一時二〇分頃、鞍手郡鞍手町大字中山警部派出所において、同所の表入口ガラス戸のガラス一枚を毀損したるかどにより、同月一六日起訴された。

第四、抗弁に対する申請人等の答弁および再抗弁

一、被申請人主張の日時に、被申請人より申請人等に対し、それぞれ解雇の意思表示が、なされたこと、被申請人の主張するような事実で起訴され、もしくは起訴猶予処分になつたことは、認める。

しかしながら、被申請人の主張するような事実を申請人等が、犯したとの点は、否認する。

仮りに被申請人の主張するような事実があつたとしても、申請人柳沢を除くその余の申請人等の行為は、正当な団体行動権の行使であり、申請人柳沢については、適法な告訴の申立がなされていないから、いずれも被申請人の主張する懲戒解雇事由に該当しない。

二、申請人等には、被申請人の主張するような就業規則に定める解雇該当事実はなかつたのであり、むしろ、被申請人が申請人等に対してなした解雇の意思表示は、不当労働行為又は権利の濫用として無効である。

(一)  不当労働行為

本件解雇当時、申請人倉田茂樹は、京之上炭鉱労働組合の組合長、同鎌田潔は、副組合長、同菊池長雄は、生産部長、同浦辺藤助は書記長、同永岡久則は、職場会委員、同柳沢忠義は、青年部長であり、いずれも京之上炭鉱労働組合における中心的な組合活動家であつた。

そこで、被申請人が、申請人等を解雇した理由は、申請人等が右のごとく、京之上炭鉱労働組合の幹部で、熱心な組合活動家であり、活発な組合活動をしていたことにほかならない。従つて、被申請人の申請人等に対する解雇は、労働組合法第七条一号に違反するものとして、無効である。

(二)  権利濫用

仮りに、申請人等に被申請人主張のような行為があつたとしても、被申請人が、申請人等に対し、労働者にとつて最も苛酷な懲戒解雇の処置にでたことは、就業規則第八七条各号に該当する行為があるときでも、「情状により出勤停止又は譴責に止めることがある」旨を規定した第八七条の解釈適用を認つたものというべきである。従つてこのような解雇の意思表示は、就業規則に違反し、かつ解雇権を濫用したものとして、無効である。

第五、再抗弁に対する被申請人の答弁

一、不当労働行為の主張について

申請人倉田茂樹、同鎌田潔、同菊池辰雄、同浦辺藤助、同柳沢忠義が、申請人等の主張のごとき京之上炭鉱労働組合の各役職についていたことは、認めるが、申請人永岡久則が、同組合の職場会委員である旨の主張は、不知、その余の主張事実は、否認する。

二、権利濫用の主張について、

本件懲戒解雇が権利の濫用ないしは就業規則違反であるとの主張事実は、否認する。

第六、疎明関係<省略>

理由

第一、当事者間の雇用契約および解雇

申請の理由第一項の記載事実、申請人等が、いずれも現在京之上炭鉱労働組合の組合員であり、昭和三二年七月当時には、申請人倉田は、同労組の組合長、同鎌田は、副組合長、同菊池は、生産部長、同浦辺は、書記長、同柳沢は、青年部長の地位にあつたことは当事者間に争なく、同永岡は、職場会委員の地位にあつたことは、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第一号証の五によつて認められる。亦被申請人が、昭和三二年七月三一日附で申請人永岡を除く申請人らに対し、同年八月四日附で申請人永岡に対し、それぞれ被申請人の鉱員就業規則(以下就業規則とよぶ)第八七条第一七号(刑罰に処せられるような犯罪を犯したとき)所定の懲戒解雇事由に該当する本判決事実摘示欄第三の二の(一)ないし(三)の事実のあることを理由として、懲戒解雇する旨の意思表示をしたことは当事者間に争がない。

第二、被申請人の申請人等に対する懲戒解雇の効力

被申請人は、申請人等に懲戒解雇事由にあたる行為があつた旨主張し、申請人等は、これを争うので、以下被申請人の主張する申請人等に対する懲戒解雇事由たる事実の存否につき判断するとともに、右事実が、被申請人の就業規則第八七条第一七号所定の懲戒解雇事由に該当するかどうかを検討する。

〔I〕 申請人倉田、同鎌田、同菊池、同浦辺、同永岡に対する懲戒解雇の効力

一、被申請人の主張する右申請人等に対する懲戒解雇事由に該当する事実の存否

被申請人が、懲戒解雇事由該当の事実として掲げている申請人等の行為が、当時安永鉱業労働組合書記長であつた森真一に対する傷害行為であることは、当事者間に争のないところであり、更に福岡地方検察庁直方支部検察官が、昭和三二年七月二二日附をもつて、申請人永岡を除く申請人四名について、福岡地方裁判所直方支部に「右申請人四名は、昭和三二年四月一三日午後八時頃他の多数京之上炭鉱労働組合員と共に、京之上炭鉱敷地内において、当時安永鉱業労働組合書記長森真一に対し暴行を加え、傷害を与えた。」なる要旨の公訴事実でもつて、公訴を提起したこと、申請人永岡については、右と同趣旨の被疑事実によつて、同検察庁直方支部において右と同日附で起訴猶予処分がなされたこと、右傷害被告事件については、そのご同裁判所直方支部において、申請人倉田を罰金二万円に、同鎌田、同菊池を各罰金一万円に、同浦辺を罰金五、〇〇〇円に各処する旨の有罪判決の言い渡しがなされたこと、申請人四名は、右判決を不服として福岡高等裁判所に控訴の申立をなし、事件がなお同裁判所に係属中であることも、当事者間に争がない。

そこで、被申請人主張の申請人等に対する懲戒解雇事由該当事実の存在については、右に述べたように未確定であるとはいえ、申請人永岡を除く申請人等に対しては有罪判決がなされており、しかもその判決書の謄本は、本件においても乙第五五号証(その成立は当事者間に争がない)として提出されているのであるから、右判決書の謄本によつて、すでに疎明が尽くされたものと考えることもできないものでもない。

しかしながら、右判決は、これをし細に検討してみると、その事実認定において漠然とした部分があるのみならず、法律判断においてもにわかに賛同しがたい点があるので、当裁判所は、この判決の存在自体に充分の疎明価値を認めて、これをそのまま容認することができないものである。

そこで、当裁判所の審理の結果到達した申請人五名に対する被申請人の主張の懲戒解雇事由該当事実の存否に関する判断を次に説示する。

I  被申請人の主張する懲戒解雇事由該当事実である森真一に対する傷害事件の発生した背景について

いずれも成立に争のない甲第三号証の一ないし四、乙第五号証の二によれば、次の事実を認めることができる。

一、被害者森真一に対する京之上炭鉱労働組合員の信頼

京之上炭鉱労働組合(以下第一組合とよぶ)は、昭和二三年二月頃被申請人の経営する京之上炭鉱に勤務している鉱員全員をもつて結成された。第一組合は、結成以来昭和三一年四月一五日まで一度も争議行為を経験したことがなかつたが、第一組合の加盟していた日本炭鉱労働組合(以下炭労とよぶ)の指令により春季賃金闘争として同年四月一六日初めて二四時間ストライキを実施した。

ところが、この初めて経験したストライキを契機として、第一組合の一部組合員の中に第二組合結成の動きが現われ、遂に同年五月二一日約四一名の第一組合員が、脱退して、安永鉱業労働組合(以下第二組合とよぶ)が、結成された。

第一組合においては、この組織の分裂を防止し、第一組合の組織を固めるために、第二組合結成の頃より第二組合結成に関与した組合員の懲罰、組織統制の問題を処理することを目的として査問委員会が設置され、あるいはそのご組織防衛大会が開催されたりした。この第一組合の存立に関する重大な時期において、しかも最も重要な職責を有する査問委員長に選出されたのは、後述する本件被害者森真一であつた。更にまた同年六月および七月に開かれた第一組合の組織防衛大会における大会議長に選出された者も同人であつた。これは、森のそれまでの組合歴と手腕を第一組合員から高く評価され、信頼されていた結果であつた。

しかして、森は、査問委員長としても、また大会議長としても、組合員の信望に応えて、組織の確保のため、立派にその責を果し、ますますその信頼を増していた。

二、森真一の第一組合員に対する不信行為

森は、同年七月頃突然第一組合員の信頼を裏切つて、第一組合から脱退して、第二組合へ加入した。そして、第二組合へ移つた森は、まもなく第二組合の書記長に就任し、第一組合の組織の切り崩し活動を始めるに至つた。とりわけ、その顕著な一例として、森が、昭和三二年四月始め頃第一組合員上村利秋他一名を鞍手町中山にあるテレビ喫茶店に招いて、酒食をきよう応し、現金を与えたうえ第二組合へ同人らが加入するよう勧誘するという事件が生じた。

この事件の報告を受けた第一組合員は、森の右のような数々の不信行為に対して激しく憤慨し、かねてから森をこころよく思つていなかつた。

第一組合員の森に対するこれらの不信感が、後述する本件をひき起す遠因の一つとなつていた。

II 被申請人の主張する懲戒解雇事由該当事実であるいわゆる四月一三日事件について

いずれも成立に争のない甲第三号証の五、六、八、九、二二、二五、乙第四号証の二、同第五号証の二、三、同第二八、第二九号証および申請人倉田の本人尋問の結果を綜合すれば、次の事実を認めることができる。

一、動機前述のように第一組合員の森に対する不信感が、本件の底流の一つとなつているのであるが、本件の直接の動機は、次のようなことにあつた。

第一組合は、炭労の統一賃金闘争の一環として、昭和三二年三月二八日から全面無期限ストライキに突入した。第一組合員には、闘争資金、生活資金の事前積み立てがなかつたため、争議中の資金対策としては、一部を炭労からのカンパに依存すると共に、他方組合員が争議中臨時に他の職場に就労して生活資金をうるという方針が、第一組合においては、たてられ、これを組合員に指示していた。

第一組合員田中義人、同久野常弘の両者は、第一組合の右のような方針に従つて、争議中の生活資金をうるために八幡市木屋瀬にある勝谷炭鉱に臨時雇として就労していた。

ところが、当時第二組合書記長森と生産部長楠根幸弘の両名が、同年四月一三日午前中に、右田中、久野(両人は、楠根の義弟にあたる)の就労問題で、勝谷炭鉱へ赴き、同炭鉱鉱長勝谷清春に「田中と久野の両人は、楠根の義弟であるが、臨時雇のままでは事故のあつたときに、勝谷の方ではどのような責任をとつてくれるのか、またできれば本雇にして欲しい」旨の申入れをなした。

森と楠根が、右のような用件で勝谷炭鉱を訪ねたことは、右勝谷清春を通じて、第一組合員方志昭男に知らされたことにより、その日のうちに第一組合長申請人倉田へ報告された。

方志の報告は、「森、楠根の二人が、勝谷清春に対して、田中、久野が臨時雇では保険がもらえんから止めさせてもらつた方がいいんじやないかと申入をしていた」ということであつたから、この報告を受けた申請人倉田は、森等が、勝谷へ行つたのは、第一組合員田中、久野の就労を妨害するためではなかつたのかと考えた。そこで同申請人は、ことの真正を森、楠根の両人にただして明らかにしようと決心した。

申請人倉田、同鎌田は、数名の第一組合員等と共に、同日午後六時半頃まず楠根方を訪れ、同人に右事実の有無を確かめたところ、同人は、森と共に勝谷炭鉱へ行つたことを認め、その目的は、同人の義弟田中、久野の身を心配して、災害のあつたときに勝谷の方で責任をもつてもらえるものかどうかを確かめることにあつた旨釈明した。

しかしそれでは釈然とせずまもなく申請人鎌田は、一〇数名の第一組合員らと一緒に次に、森に対して釈明を求めるために同人方へ出かけて行つた。

二、森に対する申請人らの釈明要求行為

いずれも成立に争のない甲第三号証の一一ないし一六、同号証の一八ないし二三、二五、同号証の三二ないし三七、乙第四号証の二、同第五号証の二、三、同第六号証の二、同第七号証の二、三、同第八号証の二、同第九号証の二、五、同第一〇号証の二ないし五、同第一一号証の二、三、同第一二号証の二、四、同第一四、第一五号証、同第一六号証の三、同第一七、第一八号証に、証人矢之浦秀丸の証言ならびに申請人倉田の本人尋問の結果(第一回)を綜合すれば、(以上掲記の証拠のうち後記信用しない部分を除く)次の事実が、認められる。

(一)  申請人鎌田は、第一組合員数名と楠根方を辞して、ただちに森の家を訪れたが、同人が子供を連れて、映画見物へ出かけていることを知らされたので、同日(四月一三日)午後七時半頃鞍手郡鞍手町字中山にある朝日座へ森をたずねて行き、申請人鎌田が、映画を観覧していた森を呼び出し、朝日座前で、同申請人に随行していた第一組合員と共に同人を取り巻いて、「勝谷炭鉱へ行つた理由をいえ」と詰問したが、同人が「話す必要はない」と釈明に応じようとしないため、同人を追求する組合員の態度が、激化し「会社の犬」「御用幹部」などと叫ぶ者も出た。しかし、森からの釈明がなされないので、申請人鎌田は、同人に対し山(京之上社宅街)へ帰つて、楠根と対決のうえ釈明に応じて欲しい旨申入れた。この申入れに森も応じたので、右申請人外一〇数名の第一組合員は、森を連行して、京之上社宅街の方へ向つて歩き出した。この頃までに申請人永岡も、この同鎌田等の一団に参加していた。帰路の途中にあるポンプ小屋附近で、この一行に申請人倉田外数名の第一組合員が、合流して、一行は、まもなく京之上社宅街へ戻つてきた。

ところで、朝日座前から京之上社宅街へ戻つてくるまでの間に、森に対する傷害の原因となるような行動をなした者は、右申請人鎌田、同倉田、同永岡を含む第一組合員の中には、一人も認めらられなかつた。

(二)  京之上社宅街に到着した森は、申請人鎌田外数名の第一組合員と共に楠根方へ立寄つた。ちようど楠根方にいた第二組合の組合長宮下勘作の第二組合事務所(以下組合事務所とよぶ)で話し合いたいという申人れによつて、森と一緒に楠根方へ来ていた申請人鎌田等は、再び森と共に楠根方を出て、組合事務所前の広場へ向つた。この間に森に傷害を与えるような暴行は、見られなかつた。

(三)  森が、組合事務所前の広場にきたときには、すでに約四~五〇人の第一組合員およびその家族の者が、勝谷炭鉱の一件を聞き知つて集つていた。これらの人々は、自然に森を中心にして、その周囲に寄り集まつてきて、三重位の円陣を作つた。これらの人々の中に申請人倉田、同鎌田、同永岡も交つていた。森を取りかこんだ第一組合員らは、こもごも同人に対し「勝谷炭鉱に何をしに行つたのか」「組織の切崩しではないか」などと詰問した。これらの発言に対して、森は沈黙していたため、同人の態度に第一組合員らは、更に憤激し、周囲が騒然となつてきた。

この時申請人倉田が円陣の中央へ進み出て、森の横へ立ち、騒然としている第一組合員らに「今から自分が、代表して話をするから、皆な静かにしてくれ」と言つて、第一組合員らのそれまで行われていた個別的発言を制止した。

まわりが、静かになつたところで、申請人倉田は、森に対し「勝谷炭鉱へ行つた理由を皆の前で説明して欲しい」と要求したが、これに対しても同人は、「弁明する必要はない」と答えたのみで、その後は再三にわたる、同申請人の要求に対して沈黙を続けるばかりであつた。このような森の態度に、再びまわりの第一組合員らは、憤慨し、自然に、森と申請人倉田を中心に円くスクラムを組み二人のまわりを「わつしよいわつしよい」と掛声をかけながら、旋回をしだした。この旋回は、一~二分続いたが、申請人倉田から制止された。しかして、これまで述べた間に、森に対し傷害の原因となるような暴行を振つた者は、一人もいなかつた。

第一組合員らを静まらせた申請人倉田は、再び前記同様の質問を森に対してなしたが、同人は依然としてこれに答えようとせず沈黙を続けるばかりであつた。第一組合員等は、同人の相も変らぬ態度にまたまた立腹し、個別的な発言をする者や、「犬」「会社の犬」などと叫ぶ者も出て、周囲が、騒然となつてきた。

このような雰囲気となつたため、申請人倉田は、統制をとる必要を感じ、そばにいた第一組合員加茂熊夫に命じて笛をとりにやり、同人から受け取つた笛を吹いて興奮して騒然となつている第一組合員等を静まらせたうえで森に対し同様な要求を繰返したが、結果は同じであり、またまた騒然となつてきた。この様子を見た申請人倉田は、森の態度に激しく怒つている第一組合員等が、興奮のあまり無秩序な行動に走るよりは、組合長たる自分が、統制をとつて、団体行動を行わせた方が、良いと考え、「このような会社の犬と長々と話をしても時間が無駄になる。質問をしても何一つ答えることのできない森をいつまでも追及しても時間の浪費だ。このことは、あす宮下組合長から明確に弁明してもらう」と第一組合員等に告げたうえ、笛を吹いて旋回の合図をして、同申請人は、円陣の中から外へ出た。旋回の合図を機に、第一組合員等は、森を中心にして「わつしよいわしよい」と掛声をかけながらぐるぐると森のまわりをまわり始めた。

円陣の外に出た申請人倉田は、近くにいた第二組合長宮下と事態の収拾について一~二分間位話をしたうえで、第一組合員等に向つて旋回中止を命ずる笛を吹いて、再び宮下と交渉を続けた。

第二回目の旋回は、右の笛の合図で中止された。

しかして、第一回目の旋回終了から第二回目の旋回の終了するまでの間においても、森に対する傷害の原因となるような暴行は、なされなかつた。

申請人倉田の笛を合図に第一組合員等は、第二回目の旋回を中止して、静まつていた。この頃までに、申請人菊地、同浦辺も森をとりまいている第一組合員等の中に参加していた。

ところが、第二回目の旋回が終るや、突然森が、組合事務所の方へ向つて、円陣の中から外へ出ようとしはじめた。そうして、第一組合員等のスクラムを崩そうと振りまわした森の手が、第一組合員竹松久也のあごの下に当つた。森から殴られたと思つた同人は、「痛い、何で俺をくらすとや」と大声で叫んだ。附近にいてこの叫びを耳にした第一組合員等の一部の者は、森から竹松が殴られたものと思い、「竹松をなんでくらすとや」「やつたなあ」などと口々に言つて憤つた。この間に森は、スクラムを押し切つて円陣の外へ出て組合事務所の横へ向つて進んでいた。これを見た申請人鎌田、同菊池、同永岡、同浦辺らは、一四~五名の第一組合員等と共に、一団となつて「なんでくらすのか」と言いながら森の後を追つて、組合事務所の裏へ移動していつた。

森の後を追つていつた右申請人四名を含む第一組合員等一〇数名は、組合事務所裏で森に追いつき、ここに暗黙のうちに森に対し暴行を加えることを共謀し、まず、申請人菊地が、森の下腹部を正面から蹴りあげて、同人をその場に転倒させ、更に転倒した同人をその場にいた右申請人四名を含む一〇数名の第一組合員等が、こもごも殴る蹴るの暴行を加えて、同人に治療数日を要する後頭部、下腹部、右下腿部打撲症を与えた。

しかし、まもなく森は、同所にいた第一組合員矢之浦秀丸に助け起され、更に森の身を案じて同所へかけつけた宮下第二組合長につれられて、組合事務所裏を通つて、その表へまわつてきた。

組合事務所前において、第二組合長宮下が、「今度の事件については、あす十分に調査して納得のゆくように回答するから、きようはこれで解散して欲しい」旨の申入を申請人倉田になしたことにより、まもなく組合事務所前広場に集つていた第一組合員等は、解散した。解散の行われたのは、同日午後九時半頃であつた。

申請人鎌田は、第一回目の旋回の終つた頃から解散の直前までの間は、森を取りかこんでいた人々の包囲から離れて、附近の社宅街に行き同所で昇坑してくる第二組合員との間にまさつが起きないよう警戒にあたつていたから、森を追つて組合事務所裏へ行つたことはない旨供述しているが、右供述は、前掲各証拠と対比すればにわかに信用しがたい。

次に申請人浦辺は、本件当日勤務先で午後七時まで残業し、帰宅したのは、七時半頃であつた。それから風呂へ行つたり食事をしたりしていて、組合事務所前の広場へ行つた頃は、人々が解散しようとする直前であつた旨供述し、申請人浦辺の本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一一号証の記載ならびに証人浦辺トシ子、同山本利男の各証言に照すと、同申請人が、本件当日午後七時頃まで残業していなかつたとは言い切れないが、仮りに同申請人が、午後七時頃まで残業していたとしても、同申請人が帰宅した時刻は、午後七時半頃であつた(前記のとおり、この頃は、申請人鎌田が、森を朝日座から呼び出していた時刻である)のであるから、森が組合事務所の裏へまわりだす前に、森を取りかこんでいた第一組合員等の中へ参加できなかつたものとは考えられず、前掲各証拠に対比すると、同申請人の右供述もまた信をおきがたい。

しかし申請人倉田が森を追つて組合事務所裏に行つた事実は認められない。

その他前記認定に反する甲第三号証の一一ないし一六、同号証の一八、一九、乙第四号証の二、同第五号証の二、三、同第七号証の二、三、同第八号証の二、同第九号証の二の各供述記載ならびに証人矢之浦秀丸の証言部分は、いずれもこれを措信しえず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

三、申請人等の刑事責任の有無

申請人鎌田、同菊地、同永岡、同浦辺が、組合事務所裏において、一〇数名の第一組合員と共謀して、森に対し殴る、蹴るの暴行を加え、同人に傷害を与えたことは、前記認定のとおりであり、同申請人等の右行為が、傷害罪を構成することは明らかである。

先に認定したとおり森に対する傷害は、組合事務所裏で行われただけであつて、その他の場所では行われていない。したがつて、申請人倉田についても組合事務所裏で行われた傷害についての刑事責任を問うことができるかどうかを考えてみる。

申請人倉田が、組合事務所裏にいなかつたことは、先に認定したとおりであり、したがつて、同所でなされた共謀に加わつていないことも明らかである。

ただ同申請人は前記認定のとおり組合事務所前広場において森を包囲している第一組合員等の行動の指揮をとつていたのであるからその指揮下にあつた一部の第一組合員等の森に対する前記暴行についても共謀者として刑事上の責任を負わねばならないか否かを検討する必要がある。

而して本件傷害の結果が発生したのは同申請人の命じた第二回目の旋回が終了後まもなくではあつたが、右傷害行為が生ずるに至つたきつかけは、前記認定のとおり第二回目の旋回が終了してまもなく、第一組合員らの包囲の中にいた森が突然右かこみの外へ出ようとして振りまわした手が第一組合員竹松の右あご下に当つたことに始り、これを森から殴られたと思つた竹松他一部の第一組合員が憤激し、組合事務所裏へ逃げる森を追いかけて行つて傷害の結果を惹起させたのである。してみれば本件傷害行為はその直前まで行われていた旋回行動より生じた結果というよりは、森の突然の行動によつて生じたものであつて、旋回行動より生ずることが予想される結果とはいえないものと解すべきであると共に、申請人倉田の何れかの指揮に基く行為の結果とは認めることはできない。従つて、同申請人について、組合事務所裏で生じた傷害に対する刑事責任を問うことはできないものというべきである。

してみれば、申請人倉田に対する被申請人の主張する懲戒解雇事由該当事実の存在については、その疎明がないことに帰するので、同申請人に対する本件懲戒解雇は無効なものといわなければならない。

二、懲戒解雇事由該当性の有無

申請人鎌田、同菊池、同永岡、同浦辺が、森に対し傷害を与えたことは、先にみたとおりである。被申請人は、申請人等の右傷害をもつて、被申請人の就業規則第八七条第一七号所定の懲戒解雇事由たる「刑罰に処せられるような犯罪を犯したとき」に該当するものと主張するので、これについて考えてみる。

成立に争のない乙第一号証によれば被申請人の就業規則第八五条には、「懲戒は、譴責、出勤停止及び懲戒解雇の三種とする」と規定され、第八七条には「次の各号の一に該当するときは懲戒解雇とする。但し情状により出勤停止又は譴責に止めることがある」と規定され、同条の第一七号に「刑罰に処せられるような犯罪を犯したとき」なる定めがなされていることが認められる。

しかして右規定の趣旨は、従業員において第八七条各号に形式上あてはまる行為があつても、当然に懲戒解雇に処せられるものとは限らず、本件のように私生活の中でなされた右行為については、それによつて被申請人の名誉ないし信用が、いちぢるしくそこなわれ、当該労働者をその企業内から排除しなければならない程度に悪質なものと認められる場合を除いては、懲戒解雇に処することを許さない趣旨のものと解すべきである。

これを本件について考えてみるに、申請人等の森に対する傷害行為は、前記のとおり申請人等の私生活の中で生じたものであるとはいえ、これによつて申請人等の従業員たる体面をけがし、被申請人の名誉ないしは信用を或程度失わしめるものであるともいえよう。

しかし更に、申請人等の行為の罪質、情状について考えてみるに、先に認定したところから明らかなように、本件の背景には、被害者森の第一組合員に対する不信な行為が、根強く流れており本件の直接の動機も、当時ストライキ中の第一組合およびその組合員にとつて争議の勝敗を左右するものと考えていた組合員等の臨時の就労活動を妨害しているのではないかと疑われても止むをえないような森の不誠実な行動にあり、一半の責任が被害者にも認められ、直接的には組合員等のかこみから外へ出ようとして振りまわした森の手がたまたま第一組合員竹松のあご下にあたつたことから、申請人等は、森が竹松を殴つたものと誤解し、憤激のあまりになされた偶発的かつ瞬間的な行為であつて、行為の結果も治療数日という軽い傷害であり、刑事責任も未確定であるとはいえ一審において罰金五〇〇〇円から一万円に相当するような比較的軽微な事犯である。更に本件後において、この事件を原因として第一組合と第二組合との間において紛争が生じたこと、また被申請人の企業秩序がこの為に乱れたというようなことの疎明も存しない。かえつて当事者間に争ないごとく昭和三五年八月一八日に両組合が統一されている。

それ故申請人等の右傷害行為は、これによつて、申請人等を被申請人の企業から排除しなければならない程悪質重大な非行とみることはできない。

従つて、被申請人が、申請人等の右傷害行為をもつて懲戒処分中の解雇処分に付するを相当としてなした申請人等に対する本件懲戒解雇処分は、就業規則の適用を誤つた違法があり、無効なものといわなければならない。

〔II〕 申請人柳沢に対する懲戒解雇の効力

一、被申請人の主張する同申請人に対する懲戒解雇事由に該当する事実の存否

申請人柳沢が、昭和三二年七月一四日午後一時頃鞍手郡鞍手町字中山所在直方警察署中山警部派出所において、同派出所表出入口の扉ガラス一枚を叩き割つて、これを損壊し、その際同申請人は、酒に酔つていたが、心神耗弱の状態に至つてなかつたこと、右器物損壊行為について、同申請人に対し有罪判決の言い渡しがなされていることは、いずれも成立に争のない甲第九号証の三、四、乙第四四号証、同第五三ないし第五五号証によつて、これを認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

二、懲戒解雇事由該当性の有無

被申請人は、同申請人の右器物損壊行為をもつて被申請人の就業規則第八七条第一七号所定の懲戒解雇事由たる「刑罰に処せられるような犯罪を犯したとき」に該当する旨主張するので、以下これについて考えてみる。

申請人柳沢は、右器物損壊行為については被害者から適法な告訴が申立てられていないので、右懲戒事由に該当しない旨主張しているが、就業規則第八七条第一七号所定の「刑罰に処せられるような犯罪を犯したとき」なる規定は、告訴の有無を要件としているものとは解されないので、同申請人の右主張を採ることはできない。

而して就業規則第八七条第一七号所定の懲戒解雇事由の趣旨については、すでに判示したとおりであるから、これを本件について考えてみると、同申請人の器物損壊行為は、前記のとおり派出所のガラスを割つたものであるが、その動機、損壊行為に至るまでの経緯は、後に述べるようにかなり悪質なものであつて、同申請人の従業員たる体面をけがし、被申請人の名誉ないし信用をある程度失わしめたものといえる。しかし更に同申請人の行為の情状について考えてみるに、

前掲各証拠によつて明かなように、同申請人は、酩酊して前記派出所へ赴き、同所で捜査に従事していた検察官、検察事務官に対して暴言をはき、とりわけ福岡地方検察庁直方支部検事杉野忠郷に対し「こら、杉野検事、お前はうまくおれを誘導尋問にかけたな」「このがんたれが、はつつちやろか、今でこそおとなしいが昔は暴れたぞ」などと言つて同検事にくつてかかり、一時捜査を妨害したが、同派出所に参考人として出頭していた福井義弘から、制止され、派出所の表へ連れ出されたのであるが、そのご間もなく派出所へもどつてきて窓ガラスを叩き割つているのであり、単なる器物損壊行為ではなくて公務執行妨害の性質をも帯びている悪質なものである。しかし、亦前掲各疎明によれば当時同申請人は、心神耗弱に至らないまでもかなり深く酩酊し窓ガラスを割つて後に泣いていたりその行動が平常とは多少とも異つていたことが認められるうえに、行為自体としても窓ガラス一枚を破つたにすぎず、本件懲戒処分当時においては既に深く自己の行為を後悔しており、爾後同様の行為が繰り返されるおそれはなかつたものと認められるので、同申請人から反省の機会を全く奪い同申請人を企業から排除することは、苛酷に失するものと解される。

従つて同申請人の器物損壊行為をもつて、懲戒解雇処分に付するを相当とするほど悪質重大なものと評価してなした被申請人の同申請人に対する本件懲戒解雇処分は、就業規則の適用を誤つた違法なものであるから無効なものというべきである。

第三、本件仮処分の必要性

〔I〕 地位保全の必要性

申請人五名が何れも会社復帰の気持を有しているにもかかわらず、右のような無効の解雇によつていわれなく従業員としての地位を否認されることは、仮りに収入途絶による生活危難という点を度外視しても、そのことにより労働者たる申請人等の受ける有形無形の不利益苦痛が甚大であることは、容易に推認しうるから、申請人等の地位保全をはかる本件仮処分をなす必要性があるものというべきである。

〔II〕 賃金支払の必要性

一、申請人倉田について

申請人倉田の本人尋問の結果(第一回)によれば、被申請人と第一組合との間に昭和二八年一〇月一六日締結された労働協約第一二条には、「甲(被申請人)は、乙(第一組合)の組合員の中で若干名が組合業務に専従することを認める。乙は、専従者を定めた時は、直ちに甲に通告する。専従者は休職とし、休職期間中は賃金その他の諸手当は支給しないが、勤続年数は通算する。専従者がその職務を去つた時は元の職業に復することを原則とする」旨規定され、第一六条には「乙の組合員が、組合業務で欠勤又は出張する場合は、甲に届出るものとし、甲は賃金は支払はないが出勤として取扱う」旨の規定のあること、昭和三一年四月末に申請人倉田を第一組合の専従者とする旨の届出を被申請人になしたが、同年五月に右組合専従届を撤回したこと、労働協約成立後、右の組合専従届を出すまでは、前記労働協約第一六条の規定にもとずく欠勤届出をして、申請人倉田は、組合業務に従事していたこと、組合専従届の撤回後は、その届出前と同じように第一六条の欠勤届出をなして組合業務に従事していたこと、昭和三一年一〇月一五日に労働協約が失効したが、失効後も有効時と同じ取扱いをする紳士協定がなされていたこと、昭和三一年四月頃から第二組合結成の動きが見られ、五月一七日に第二組合が結成され、以来昭和三二年七月三一日に懲戒解雇処分の意思表示がなされるまでは、組合分裂や、争議(昭和三一年一〇月、三二年三月)等の異常事態のため組合業務が多忙となつていたので、申請人倉田は、一週間ないしは一〇日位に区切つて第一六条に基く組合業務のための欠勤届出を被申請人に提出して、右期間欠勤を続けていたものであつて(もつともこの間に二日間出勤している)、右解雇当時は組合専従となつていたものではなかつたこと、同年八月一日より、一応争議も終了して平常状態に復していたので、出勤する予定となつていたこと、これに更に申請人倉田の本人尋問の結果(第一回)により真正に成立したものと認められる甲第四号証の一および右本人尋問の結果(第一、二回)を合わせると、申請人倉田が、組合業務の平常であつた昭和三一年一月から同年三月までの間に被申請人から支払を受けていた賃金の平均は、一四、八〇八円であつたこと、現在は月に一四、〇〇〇円ずつ生活資金を炭労から借用して、それによつて生活をしていることが認められる。

従つて、申請人倉田は、昭和三二年八月一日より出勤することによつて、当時組合業務は平常に復していたのであるから、組合業務の平常時に支払われていた前記平均賃金を同月以降は受けうる状態にあつたものと解される。ところが、前記のとおり被申請人は、申請人倉田を解雇したと称してその賃金の支払を拒絶しているため、同申請人は炭労より融資を受けているもののその生活に困窮していることが窺われる。

二、申請人菊池について

申請人菊池の、被申請人から支払を受けていた平均賃金が、月一八、〇〇八円であつたこと、被申請人が、昭和三二年八月一日より同申請人を解雇したと称して賃金の支払を拒絶していることは、当事者間に争いがない。しかして、同申請人の、本人尋問の結果によると、同申請人は、現在あちこちの鉄工所に日雇として勤務しているものの月一万二~三〇〇〇円の収入であるため生活に困窮していることが認められる。

三、申請人浦辺について

申請人浦辺の、被申請人から支払を受けていた平均賃金が、月一六、七三八円であつたこと、被申請人が、昭和三二年八月一日より同申請人を解雇したと称して賃金の支払を拒絶していることは、当事者間に争がない。しかして同申請人の本人尋問の結果によると、同申請人は、妻と共に永田建設という会社に勤務しているものの二人合わせて月約一一、〇〇〇円の収入であるため、生活に困窮していることが認められる。

四、申請人永岡について

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第四号証の六と申請人永岡の本人尋問の結果(第一回)によれば、同申請人が昭和三二年一月から同年三月までの間に被申請人より支払を受けていた平均賃金は、月一七、八二七円であつたが、被申請人が、昭和三二年八月五日より同申請人を解雇したと称して賃金の支払を拒絶しているため、同申請人は、現在採石業をなしている職場に就職しているものの月七―八〇〇〇円の収入であるため生活に困窮していることが認められる。

五、申請人鎌田について

申請人鎌田の被申請人から支払を受けていた平均賃金が、月一一、二八六円であつたこと被申請人が、昭和三二年八月一日より同申請人を解雇したと称して賃金の支払を拒絶していることは、当事者間に争いがない。

ところで、申請人鎌田の本人尋問の結果によると、同申請人は、現在上部団体の地方オルグとして、右平均賃金に相当する月一五、〇〇〇円位の収入(行動費五〇〇〇円を含む)を得ていることが認められる。

六、申請人柳沢について

申請人柳沢の被申請人から支払を受けていた平均賃金が、月九、九三四円であつたこと被申請人が昭和三二年八月一日より同申請人を解雇したと称して賃金の支払を拒絶していることは当事者間に争いがない。

ところで、申請人柳沢の本人尋問の結果によれば、同申請人は、現在協和煉炭という会社に自動車運転手として就職し、同申請人の前記平均賃金を上まわる月一万四~五〇〇〇円の収入を得ていることが認められる。

七、申請人倉田以外の申請人等は、右のようにそれぞれ収入を得ているのであるが、それは、全く被申請人から解雇を理由に職場を閉されて、収入を失つたため、生活の必要に迫られてのことであり、従つて同申請人等としては本件において、勝訴するならば直ちにそれを止めて、該判決に従い復職の得られることを待つ意図であり、しかもそれが原職への執着心、生活の面などにおいて得策であることが、申請人倉田、同菊池、同浦辺、同永岡、同柳沢の各申請人本人尋問の結果に、弁論の全趣旨を参酌することによつて認められる。

よつて、主文掲記の限度において、仮処分により被申請人に対し申請人等に賃金の支払を命ずる必要があるものというべきである。

第四、以上の次第であるから申請人等の本件仮処分申請は、前示の限度で理由あるものと認め、保証を立てさせないでこれを認容し、その余の申請は、失当としてこれを却下することとし、訴訟費用の負担については、民事訴訟法九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中池利男 宇野栄一郎 阿部明男)

(別表)

II

申請人名

平均賃金(月額)

未払賃金

倉田茂樹

一四、八〇八円

三四一、〇七七円

鎌田潔

一一、二八六円

二五九、九五四円

菊池辰雄

一八、〇〇八円

四一四、七八四円

浦辺藤助

一六、七三八円

三八五、五三一円

永岡久則

一七、八二七円

四一〇、六一六円

柳沢忠義

九、九三四円

二二八、八一三円

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